「結婚するなら価値観が合う人がいい」より、大切なことがあった。

文:夏生さえり

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「結婚相手を探すとき、価値観が合うことって大事だと思う?」

夫がそう話しかけてきたとき、わたしは棚を片付けていて、ステッカーシールを捨ててしまおうか迷っていた。夫がやたらと持ち帰ってくる企業や店のステッカーが我が家には何枚もある。

どこにも貼らず、大切にしている気配もないが、かといって「捨てていい?」と聞くと「置いておいて」と言う。けれど1ヶ月経っても、わたしが置いた姿のまま放ってある、それら・・・。

今度こそ、聞かずに捨ててしまおうか。別に大事ではなさそうだし。

夫は、話を続けていた。
 
聞けば、独身の友人が「価値観の合う人を見つけたい」と嘆いていて、そのことに疑問を持っているようだった。
 
「そもそもさ、価値観が合う人を探す必要ってあるのかなぁ」と、夫。

「どういうこと?」

「出会ったときに価値観が合うかなんて、どうでもよくない? そもそも、そんな人いるのかな。別の場所で生きてきたふたりなんだから、違って当然だよ。

合う人を見つけるとか相手に合わせるとかそういうことじゃなくて、違うままでも一緒に生きたいと思えるかが大事なんじゃないかな

それに、価値観はふたりでつくっていける。だから、価値観が合うかどうかなんて、あんまり大事じゃないと思うんだよね」

とても簡単なことを言うようにして、夫は人生において大事なことを言った。

「価値観って、そんなに大事かなぁ」と未だぶつぶつと呟いている夫を横目に見ながら、右手に握っていたステッカーを見つめ、やがて元に戻した。

きっと、彼にとっては大切なものだから

そして彼のことが、わたしは大切だから。

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たしかに、わたしと夫はぜんぜん違う。

趣味、好きなもの、興味があるもの、時間の使い方。どれもぜんぜんちがうし、「なんでそんなことを考えるんだろう」と思うときもある。

でも、わたしと夫が(いまのところ)仲良くいられているのは、

「わたしたちは別の人間である」と自覚し、きちんと話し、ぶつかり、すり合わせ、ふたりで生きていくときに必要なあたらしい価値観を形成する労力を惜しまないからだ

と、わたしは思う(時には言葉にするのを面倒くさがったり怠ったりして、すれ違ってしまうこともあるけれど)。

言葉にしても、どうしても理解できない部分もある。でも、それはそのままにして、無理にひとつになろうとしない。たぶん、これも一緒に生きていく相手を見つけるうえでは、とても大事なことだと思う。

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ひとつになろうとすればするほど、孤独になる

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話し合っても話し合っても、うまくいかなかった恋があった。

こちらが必死に自分の考えを話すと、彼も必死に自分の考えを話す、互いの正しさを押し付けるような未熟な恋だった。「どうしてわかってくれないんだろう」。わたしはそう悩んだけれど、きっと彼も同じように悩んでいたはずだ。

思えばあのとき、わたしたちは「お互いを心底理解しよう」「価値観をひとつにしよう」と足掻いていたように思う。正しさは人の数だけ存在するのに、お互いの全部を理解することなんてできないのに、無理やりひとつになろうとしていたのだ。

そんな恋愛を経て、今度は「価値観が合う」と強烈に感じる相手と出会うことになる。好きなものが似通っていて、相手が話すほとんどのことに共感できた。何かを言えば「それ、思ってた」と返答があって、喧嘩をしているときでさえ相手が欲しがる言葉がわかってしまう。

これだ、わたしが出会うべきだったのは、この人だったんだ。わたしたちは、ふたりでひとつだ。そう舞い上がったものだった。

けれど彼が最も近い人から、最も遠い人へと変わるのも早かった。

似ていると思えば思うほど、ひとつの違う部分が許せなくなった。「どうしてそんな風に考えるの?」と訝しく思って、違和感が拭えなくなる。似ていると信じたかったから、真剣な話し合いでぶつかって、幻滅するのが怖かった。

その結果、わたしたちは違和感に目をつぶり続けた。やがて、ちいさな綻びが大きなズレとなって、夢から醒めるように静かに恋を終えたのだった。

どちらの恋愛も、異なるように見えて同じだった。「ひとつになろう」「ひとつであろう」としすぎたのだ。そしてどちらの恋愛も、後に残ったのはひどい孤独であった。だれともひとつになれない孤独感。なにかが欠けているような不足感。

今ならわかる。「価値観をひとつにしよう」とか「価値観が合う人を探す」とか、そんなことぜんぜん必要なかったのだ。ふたりは、ひとつにはなれない。ふたりはふたりのままで、寄り添って生きていくものだから。

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ずっと一緒にいられる相手探しに必要なこと

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違う人間同士で、そのまま一緒に在ること。

そのために必要なのは、言葉にすること、距離を保つこと、そしてすこしの勇気を持つことじゃないだろうか。

自分の気持ちをいちいち言葉にするのは、ものすごく疲れる。そもそも上手く話せないし、一生懸命に言葉を尽くしても言いたいことの半分もうまく伝えられない。それどころか相手に誤解を与えてしまうことだってある。

でも、自分のことをスラスラと話せる人なんてどのくらいいるのだろうか。喧嘩になりたくない、険悪になりたくない、と真剣な話し合いを避けつづけて、本当に仲良しでいられるのだろうか。

もやもやと輪郭を持たない気持ちを必死にたぐりよせ、たどたどしく言葉をつなげながら相手に話す。そして、相手の話も同じようにしっかりと聞く。

「話す」「聞く」。当たり前に思えて、とても難しいこのふたつ。けれど、それさえできれば(あるいは、そうしたいと願っていれば)、価値観が遠いふたりでも、そばに居られる。

それから、距離を保つこと。すり合わせたり歩み寄ったりするだけでなく、時には「わたしたちは違うね」と差異をそのままにしておくことも、他人と暮らしていくうえでは必要になってくるのだろう。

好きなものや趣味、時間の使い方は、同じじゃなくていい。人には人のパーソナルスペースがあって、相手を傷つけたり不快にさせたりしないのであれば、踏み込まずにそっとしておく。

そして最後に、ほんのすこしの勇気を持つことだ。自分をさらけ出す勇気。相手を受け止める勇気。そしてわからない部分を、そのままにしておく勇気。

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誰かと共に生きることは、簡単じゃない。めんどうくさいんだ。骨が折れるんだ。でも、努力するしかない。

この世にピタリと合う人なんておらず、せいぜい「そばに居るために努力しあえる相手」がいるだけである。けれど、だから、この努力のことを愛と呼ぶんじゃないだろうか。

価値観が合う人がいいなんて、怠惰な願いだった。

価値観が合う人を探すなんて、無意味だった。

そんなことよりも「この人を大事にしたい」「この人となら努力しあえる」と思う、その気持ちの芽生えを見逃さず、大切に育んでいけばいい。近道はないから、丁寧に、一歩ずつ。


※2021年9月27日おうね。にて公開

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